望診法講座112 「東洋医学は嘘と虚構の世界2」

目安時間5分

私たちは五感で感じ取れる世界を中心として活動しています。

 

この目に見える世界、触覚で感じ取れる世界を「現象界」と言います。

この世界での現象は「五感で観察できる事実」で成り立っています。

 

ただ、人類発生して間もない原始生活の時代は、もしかすると気や経絡を感知できる五感以外の感覚をもっていたのかもしれません。

 

現象界に対して、五感以外の感覚でなければ認知できない世界を 〈裏に潜む〉〈象(かたち)〉の〈世界〉、すな わち「潜象界」と言います。

ただし、現象界は、潜象界の一部に重なって存在してるため、現象界は潜象界の中で五感が通用するという位置づけになります。

 

ただ、この潜象界の部分は五感では捉えられないため、自然科学の立場からは「ないもの」として扱われています。

逆に潜象界での現象であろうと推察される気や経絡に関しては、五感では感知できず、五感以外の原初感覚が必要であると考えられます。

 

五感以外の感覚の例をあげると、渡り鳥が正しい方向に旅することなどが身近な例として挙げられます。渡り鳥は地形や星座の位置などのほか、地磁気なども利用して方向を確認していることが分かっています。これらの現代の常識では理解しにくい行動には、五感以外の感覚が関与していると推察されるのです。

 

このような原初感覚としての能力は、はるか以前の古代 人は持っていたのではないでしょうか。そして病人を治療する際には、人体においてその異常な情報を発している箇所の状態を治療のよりどころとしたのではないでしょうか。

 

この異常個所がいわゆる「気滞」と呼ばれるところであり、その気滞を解消するポイントが経穴、その経穴を結ぶルートが経絡です。

古代人の医師はこの見えない気や経絡をある種の事実としてとらえていたのではないでしょうか。

 

古代においては現代の医薬品はありませんから人が病気になると自然界のあらゆるものを利用します。温熱や草木、物理的な刺激が指圧・鍼灸・漢方薬を形成していったのだと思われます。

 

このような治療方法が独特の医術(東洋医学)を形作ったのではないかと考えられます。

また、これら古代の治療法は宗教や信仰儀式と密接に結びつ いており、治療者は多くの場合「シャーマン」や 「巫女」であったりしたはずです。

 

しかしやがて、集団生活から農工芸技術の発展にともなって、原初感覚がしだいに失われていったことが想像されます。

目に見えて、実感できる技術の台頭です。

 

また原初感覚による施術は術者の技量によってかなり左右されることになり、思い込み、ひとりよがりの施術にも繋がりかねません。

そこで、誰もが同じように実践可能な医術の体系化が図られたのでしょう。

 

それが現代にまで伝わっている東洋医学です。

そこでは「望診」も本来の技術は失われ、視覚で判断できるものを基準として再構成されていきます。すなわち顔色やシミやほくろの位置などです。

 

しかし、ダイレクトに経絡の動き、気の動きを観察することが可能であった古代の望診はその存在価値そのものが失われたわけではありません。

この技術によって東洋医学が本来の医療技術としての価値を取り戻すことができるのではないかと考えています。

 

では、いまはその価値はないのかと言うと、とても「ある」とは言えない位置づけにあるのが東洋医学です。

なぜなら、現時点では西洋医学に対して、東洋医学はあくまで代替医療だというのが一般見解なのですから。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

技術主任講師 吉田宜正(石川県 柔道整復師)

講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)、熊坂護先生 (栃木)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

会計担当 山田

勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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