望診講座121 「治療家としての日常練習」

目安時間5分

こんな質問をいただきました。

 

(質問)

前半省略・・さて、「治療家の手を作る」は見ることはできてもできているか・・・、という疑問になる臨床を通すことも患者様から観れば失礼に思いますので、よくわからないなりに次のステップを学んでからにしたいと思っています。 次の方向性に進むには、どれをみたらいいのか教えていただけますと助かります。

 

(回答)

次の方向性なのですが、気流診というか、望診法については「できる」か、「できない」かがすべてです。

 

一言でいうと、気感(有川先生は印知と呼びました)があるかどうか。

 

この気感は知識で増やすものではないので、あとは実践あるのみなんです。

 

なので、まずは治療家の手を獲得してください。

 

その方法としていくつか提示していきたいと思いますが、いまそのマニュアル化をしています。

 

順次、提示してまいりますので、もっともやり易い方法をとっていただくと良いかと思います。

 

最初にやっていただきたいのは、強いて言えば「合掌行気法」でしょうか。1回でよいので、実践してみてください。

 

と、回答させていただいたのはここまでなんですが、確かにひたすら電気回路の練習もあきてしまいますから、合わせてできる練習を紹介させていただきます。

これは正規講座の「修得のコツ」にあたります。

 

※修得のコツは修正中なのでアップされていません

 

修得のコツは以下のような構成になります。

 

1、日常訓練

2、日々取り組んでいる業で訓練

3、合掌行気法と気のボールづくり

4、意拳基礎訓練

5、正座法

6、音楽を利用する方法

7、強健術

 

このコツに関しては気功やヨガ、いろいろ私が試した中で本当の役立ったことのみ提示させていただきます。

そして、そのコツの実践方法にもさらにコツというか注意点があります。合わせて解説させていただきます。

 

さて、第1項目の日常訓練については一般受講生の方とも共有させていただきますので、ぜひ実践してみてください。

 

では日常訓練についてです。この練習方法は桜井章一氏に学びました。桜井章一氏とは麻雀の裏プロとして活躍された方です。その方が実戦で負けない方法として日々気を付けていたことなどが参考になっています。

 

最初にできる最も簡単な方法として朝起きて自分の部屋を見回す、職場までの道を観察しながら歩く、の2つです。

ここでなにをするのかといいますと、昨日との変化、違いのチェックです。

 

日常のなかであまり変化に乏しい自分の部屋、道のりに対して細かい観察と注意を払うことによって、微小な変化に気付くという感覚が養われます。

 

桜井氏の例でいえば、ある日道を歩いていて妙に気になることがあった、なにが気になったのかといえば、道に石ころが落ちていた。それが気になって、わざわざ引き返して拾って、道端に捨てた、とあります。

 

普通は石ころなんて気にしませんよね。そこを気付けるかどうか、です。

 

別な言い方をすると、その石ころは目には見えているんだと思います、どんな人にも。

ただ、それが意識にのぼるかどうか、なんです。

 

なにげなく見逃してしまう、一見なんの変哲もない事象、見えてはいても意識せず、見逃してしまう事象をしっかりと変化と捉えられる訓練です。

 

いつでも、いまからでもできますよね。

この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前  (必須)

メールアドレス (公開されません) (必須)

URL (空白でもOKです)

コメント

トラックバックURL: 
当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

メルマガ登録はこちらから

気と経絡をダイレクトに感知するための望診法メルマガです。登録解除はワンクリックでできますので、ちょっと覗いてみようかなくらいの気軽な感じで登録していただければと思います。

カテゴリー
最新の投稿
最近のコメント
アーカイブ
東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

技術主任講師 吉田宜正(石川県 柔道整復師)

講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)、熊坂護先生 (栃木)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

会計担当 山田

勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

ページの先頭へ

google-site-verification: googlea0d5fb4a649950c2.html