望診講座62 「経絡治療や東洋医学は仮説の医学」

目安時間5分

さて、前々回、前回と東洋医学はその理論はほとんど仮説で構成されていますという話をしました。

 

それについては、いろいろとご意見もいただきました。

 

「それでも脈診は、はっきりとした指標になることは確かですよね」と。

 

じつは潜象界の気が現象界に現れるのにも段階があると思っています。

 

東洋医学の基礎ではざっくり気⇒血⇒骨と表現していますが、脈は気の現れの第2段階なんですね。

 

だから気の動きそのものではないんです。

 

そこから気の動きを読み取る作業をしなければいけないから脈診は難しいのだと思います。

 

ではどうしたらよいのか、ですが、それは望診による気の感知能力を修得していただくしかないと思っていますし、現時点ではそれが一番ベストな方法だと思っています。

 

これについても反論は多々あるかもしれませんが、それこそ実体が解明されていない以上、研究として取り組む対象を選ぶのは自由なので、脈診を極めたいというのであれば、どうぞ、と言うしかありません。

 

私は望診のほうを探究いたします、ということです。

 

ただ、前回もいいましたが、唯一絶対これだ!と思い込むと、それは危険な方向、間違った方向へ行っても修正がきかなくなってしまいます。

 

なので、私も柔軟な姿勢だけは失わないようにしたいと思います。

 

ところで、経絡の知識は無くても経絡は見えますよ(感知できますよ)!

ときどき、「経絡・経穴の知識はないのですが・・・」といったコメントをされる方がおられますが、それらの知識は気流診修得には逆に妨げになることも多く、無いなら、無い方がよいかもしれません。

 

なぜなら、気を感知するという能力開発において、もっっとも邪魔になるのは先入観だからです。

 

こういう病態(もしくは証)だから反応点(施術経穴)はここと、ここだろう、みたいな。

 

経絡治療の補寫調整で使用される組み合わせや奇経治療で組み合わされる経穴が実際にそのパターンで出てくることは1割あるかないかという程度だと思っています。

 

そう聞くととっても少ないように思われるかもしれませんが、定型パターンが1割もでてくるというのは、とても多い数字なんです。

 

つまり、1割も同じ取穴になることのほうがびっくりなんですね。

 

でもこの定型取穴は便利です。

 

気の感知による取穴ができなくてもとりあえず気がわからなくても、パターン施術をしておけば、1割の人には著効を示すわけですからね。

 

古代の鍼灸師たちは、その経穴の出現パターンからよくここまで理論を組み立てられたな~と、感心させられます。

 

 

でもここで、ちょっと待てよと思われる方もおられるでしょう。

 

「例えば脈診その他の四診で、肝虚と証をたてた。その場合の取穴はほぼ一定だし、ちゃんと反応も出てるんだけど間違いなの?」

 

「それで効果もでてますよ、脈も変化しているし!」

 

わかります。

 

その取穴で合っている場合もあるでしょう。

 

でも、間違っていても自然治癒力によってある程度は治ってしまいます。

 

また、脈はどんなところに刺入してもある程度変化してしまうんです。

 

そのことは脈診の大家と言われる方々の実験で確認しています。

 

なので、そのとき反応がでてますよっていう意見は半分は勘違いであると思われます。

 

もしくは、当たっているのでしょうけれども強力反応点(いわゆる主治穴)ではない場合。

 

そのどちらかだと思われます。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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