望診講座75 「人と東洋医学」

目安時間5分

 

死に際の気滞

先日、叔父の死に立ち会う機会がありました。

 

84歳でした。

 

かなりお世話になった方なので、葬儀も最後までお見送りさせていただきました。

 

その死に際して、不謹慎かと思いましたが、よい機会だと考え、望診をさせてもらったんです。

 

すると気滞はまったく無いんですね。

 

突然倒れて、意識不明。病名は脳出血だったのですが、どこにも気滞はない。

 

ただ、通常なら頭頂部から抜けていくはずの気の流れも無い。

 

百会(頭頂部にある経穴の一つ)あたりに蓋がされているような感じで、気が通じていない。

 

これは、ダメなのではないか、と感じました。

 

倒れてからわずか3か目、亡くなったと連絡が入りました。

 

気が通じなくなる、これが人の死なんだろうかと、しみじみ感じた次第です。

 

もちろん、いろいろな例をみないとわかりません。

 

かつて有川先生は、ある患者さんを望診して、気の流れが頭頂部ではなく、体の横のほうに流れている、これは重症で長くないのではないかと思ったが、予想外に回復した、といわれたことがありました。

 

単純に1例だけではなんとも言えませんが、不思議なものを感じたように思いました。

 

人と東洋医学

人は人として生まれてきます。

 

そして成長するに従ってますます人間になっていく。

 

人になるということは別な言い方をすれば自然から離れていくということかもしれない、と考えたこともあります。

 

でも人は自然の産物であり自然そのものなんです。

 

だから本来は人は成長とともに自然に環らなければならないのだと思います。

 

人と自然との関わりが希薄になりつつある現代、東洋医学は重要な役割を負っているのではないでしょうか?

 

僅かなことしかできませんが、望診治療の実践によって人の体に少しでも自然を取り戻せたら良いなと感じています。

 

無限の広がりを見せる「見えない世界、東洋医学」

 

これからもずっと探求していくだろうと思います。

 

どこまで行けるかは判りませんが、一歩でも前進していきたい。

 

見えない世界は、見える世界(自然科学)と対をなしている世界であるから、実は東洋医学を本当に理解するためには現代医学をしっかり理解する必要があるだろうと思ってるんです。

 

だから今の鍼灸学校の現代医学よりのカリキュラムがあながち間違った方向に進んでいるとも思っていません。

 

なので、鍼灸師や東洋医学信奉者の中には現代医学を悪く言う方々がいますが、それは違うと思ってます。

 

両者があって、一つだと。

 

気や経絡は見えない世界

ただ、気の世界は科学的な計測ができていない。

 

「気や経絡が科学的に証明されれば、それが何百年後か何千年後かはわからないが、東洋医学の理論が正かった事が分かるだろう」

 

こんな風に言う人もいるが、私は永遠に解明されることはないと思っています。

 

見える世界(自然科学)が広がり(発達)をみせれば、そのぶんだけ見えない世界も広がるから。

 

それこそ陰と陽のように。

 

宇宙がひとつの例ではないでしょうか。

 

観測技術が進歩すればするほど宇宙は広がりを見せます。

 

古代の人々の世界観、宇宙観とは比べ物にならないくらいに果てしない広がりを見せています。

 

仮に全てが科学で解明されてしまったら、それは極陽(陰)になると言う事ではないのかと。

 

極まれば…その先にはなにがあるのでしょうか。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

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講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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