望診講座125 「気をみる、気を感じる練習5」

目安時間7分

問題です。

この方は70歳男性で3年前に右臀部から右下肢の痺れと言う症状があり、複数病院で腰椎脊椎間狭窄症と診断をうけています。

さて、このかたの気滞はどこにあるでしょうか?

 

 

解答

では、解説させていただきます。

この方の最初の気滞は腰のオレンジで示した位置にありました。

ただ、この画像ではもう感知できません。

施術で消去されているからです。

 

この画像で気滞が感知できるのは赤丸のところです。

右の足先ですね。

それが正解です。

 

青色で示した部分、これを気滞として回答される方も多かったのですが、

これはすべて経筋であって、気滞ではありません。

 

では解説の続きですが、まず気滞は単一で現れることは少ないです。

たいていは複数なのですが、最初に一番大きな気滞を感知しますから、とりあえず消去目標となるのは1つです。

この方の場合、最初の腰の気滞を消去しました。それが今回の画像です。

 

で、腰の気滞の消去で腰から臀部にかけての痛みは軽減するのですが下肢の痺れや、右足を引きずるような歩行は改善できていませんでした。

これは私のミスで、足先の気滞を見逃していたからだと思います。

右足先の気滞の施術をしてからわずか3回で、びっこを引かなくなりました。

痺れも改善しつつあるようです。

 

さて、正解者なんですが、残念ながらゼロです。

と、言いたいところですが、1人だけ右足裏と答えた〇〇さん。

おまけで、正解とさせていただきます。

 

あとで「ていしん」の送り先住所確認のメールをさせていただきます。

「ていしん」はあと2組残っていますので、この企画、2回目もします。

次回は正解してください。

ではまた。

 

潜象界は「気」の世界?

気の世界は潜象界といって、現象世界とは表裏一体の別世界です。

現象界は目で見えている世界。

気の世界は潜んで見えない世界。

 

そのもう一つの気の世界が感知できると、世界観が一変します。

とくに経絡治療をされている方は、生きた経絡がそのまま見えるわけですから、治療が激変します。

 

整体治療をされているかたにとっても気の世界はその治療方法を根底からくつがえすほどの衝撃を与えるかもしれません。

 

気の感知技術、古伝の望診法とは、そういった技術なのです。

 

気が感知できたその先に待っているものは、じつは貴方にだけしかわかりません。

あなたが、それをどう応用して、どのような世界観を築いていくかはあなた次第です。

 

ただ、望診で感知される気の世界は潜象界であるということ。

そして、その潜象界は現象界に先んじて動く、気の世界であるということ。

つまり、いま目に見えている世界と切っても切り離せない世界であると考えています。

ですから、その世界を知るということは現象界を深く知ることにもつながるのではないでしょうか。

 

もう一つの世界、潜象界を知ることは人が生きる上でも大切なことを学ぶ場のような気がしてなりません。

 

私の望診法は有川先生から学んだものに間違いありません。

また、望診技術のレベルでは有川先生にはまだ遠く及ばないことも自覚しています。

 

では、有川先生と私との違いは何かといいますと、まず大きく違うのが有川先生は姿勢や体調に関してはとくに注意されなかった点です。

私はとくに姿勢、脱力を重視しています。

 

有川先生がそれを注意されなかったのは自然にできていたからだと考えています。最初から出来ている方は、それを問題意識できません。

あたりまえだと思っているからです。

 

問題とならなければ意識に上ってきませんから。

 

ですが、私のように「できない」人間にとっては、とても重要なことなんです。

 

さて、良い姿勢で脱力できている状態とは、自身と重力の関係性が良好であるということです。私はそれを重力との対話であると思っています。

 

自己の身体の重さを感じ取り、重力との対話の中で、微小な差異を感じ取り、最も脱力できている状態にもっていくことです。

 

重力とはもっとも身近な自然であり、気の具現化した法則の一つであろうと思っています。

 

またそのことが有川先生とのもう一つの違いにもなっています。

有川先生が身体内における気滞、気の動きを細分化し見極めていこうとされたのに対して、私は気の世界の広がりがどこまで大きいのか、どこまで応用ができるのかを探りたいと考えています。

 

ですから、私の気の研究対象は身体だけにとどまりません。

 

さて、有川先生と私が違うようにみなさんと私も違います。

みなさんが「できない」ところは私にはまったく問題になっておらず、意識すらしていないかもしれません。

 

正規受講者の方にお渡ししているテキスト、動画のなかでの解説は私が「つまづいた」ところの解説でもあります。

 

ですから、みなさんが「できない」「わからない」部分とは違うかもしれません。

 

だから、質問してください、と言っているのです。

 

あなたが「つまづいているところ」はどこでしょうか。それを一緒に考えるのが、正規受講の最大のメリットです。

 

そしてあなたなりの望診術を完成させてください。

 

 

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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