さて、「あるがままに見る」、「想像や思い込みの排除」に関してのご質問です。
そのあたりをもう少し詳しくということなのですが、
私が望診修得でもっとも難しく、最後まで苦しんだのが想像や思い込みです。
症状があるのだから気滞もあるだろう、
とか健康なんだから気滞などあるはずない、とか。
もしくは、こんな症状なんだからこの辺りに気滞があるはず、とか。
自分の思念、思い込みがわずかでも入り込むと正しい気滞や経絡が分からなくなってしまいます。
対象物(この場合人、患者)を自分と分けずに、あるがままを見る。
このあたりの解説は非常に難しいのですが、
た気滞を診るための必須の修得事項でもあります。
以下に参考図書を2冊、紹介させていただきます。
どちらも対象物をあるがままに見る、主体と客体を分けてみない一元論について平易にかかれています。
読みやすく、分かりやすいので、おすすめです。
経絡は存在するのか?
さて、気(国や医学によってさまざまな呼称がありますが)の存在はいまでも「ある」「ない」の意見にわかれていますが
、実は、経絡や気を扱う鍼灸師でもそうなんです!
鍼灸師は2派に分かれています。
経絡否定派と経絡の信奉者。
信奉者という表現、少しおかしいと思われますか?
経絡信奉者の方々に質問したことがあります。
気とは何か?経絡とは何か?陰陽五行論とは正しいのか?
私が所属していた学術団体の講師の先生方はこの質問には答えられませんでした。
そしてこう言われたんです。
「正しいかどうかは別として信じなければ、経絡治療が成り立たないでしょう?」
信じるって、ここは宗教団体だったのか!?
経絡の存在は今現在の科学では証明できない。
だからその存在を「ある」とするならば、信じる他ないんですね。
しかし、現象(症例)を集め、分類すると今現在の科学、医学(生理、病理)では説明できない現象があります。
説明のつかない現象に対しては、それに対して仮説を立てることが許されるでしょう。
その仮説の一つとして経絡、経穴の存在があるんですよね。
信じるから存在するわけではないんです。
当会では経絡は絶対存在ではなく、説明のつかない現象に対しての仮説として
「経絡の存在」を仮定するという立場をとります。
ですから「気とは何か」に対して、明確な答えはだしません。
ただ、現象をあるがままの状態でみていきます。
すると、気の世界は「ある」としか言いようがなくなりますよ。
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