望診法講座135 「筋肉は伸びませんよ」

目安時間4分

いくつか似たような質問をいただいております。

 

1、筋肉の緊張を痛みなくとり、伸びるようにするにはどのような手技がよいでしょうか?

2、固まりのような筋肉に対して、鍼治療以外で対応するにはどのようにしたらよいでしょうか。いまのところ軽擦くらいしかしておりません。

3、50代女性(臼蓋形成不全)と70代女性(レントゲン上異常なし)の二人の片方の膝が90度以上曲がりません。四頭筋の横引きや膝蓋骨周辺をじっくりほぐしているのですが効果はなく、膝が錆びた金属のように硬いままです。良い方法はあるでしょうか。  

 

上記のご質問に対して、ヒントとなるかどうかわかりませんが1つ、筋肉は伸びませんよ。  

 

筋肉の機能は緊張と伸長、ではなく、緊張と弛緩です。

 

つまり縮んで、それが緩むことはあっても伸びることはないんです。  

ではなぜ緊張したままなのか?  

 

それは緊張しなければならない理由があるからです。

 

血圧が理由あって上がるのと同じです。例えば末梢血流が悪くなっているので血圧をあげて血流を促している、などですね。

では、筋肉が緊張したままになる理由はなんでしょうか。  

一番多く見られるのは局所の脆弱化による補強といった理由です。

 

わかりやすく言うと、怪我をした部位を補うために筋肉が固くなって補強しているんですね。

それが慢性化したものもあります。  

 

理由はさまざまですが、極論すると脳がそれを命じているということです。

解決のヒントになりましたでしょうか。  

開業おめでとうございます!

閑話休題。  

 

受講者さんから開業のご報告です。

3月2日にオープン、基幹の型とほぐしを中心に施術されるそうです。  

 

以下、原文のまま

踏み切った理由は友人知人に練習台になってもらった結果、

・医者が質問するくらい湾曲した背骨が真っすぐになった。

・レントゲンで頸椎の一部が歪んで神経に触っているので痛み止めをもらっていた人が治った。

・首の曲げ加減で肩に電気が走る症状が治った。

・股関節痛の人が身体が軽くなったと喜んでくれた。

・両肩の骨頭付近に激痛のある人が治った。

等、先生に教えていただいた手技の凄さに自信をつけ、これはやるしかないと決断しました。

営業は今からなので、あせらずに進めていきます。物がいいので自信を持てます。ありがとうございます。  

 

まずは開業おめでとうございます。

 

ご活躍を期待します!  

 

この方が効果をだせるのは、おそらく素直に、動画そのままを施術しておられるからでしょう。

和伝整体の回復整体技法は力を入れるとうまくいきません。  

 

ついつい矯正しようとして、力で押さえようとする方が多いのですが、それだと効果が逆にでないんですよね。

動画そのまま、力を入れずにする、それがコツです。  

 

だから「和伝整体」は即日修得可能としているのです。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

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講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)、熊坂護先生 (栃木)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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