潜象整体への道 ~気を診る、気を感じる整体への道~

目安時間6分

私たちは、次の目標を実現するために努力してまいりました。

 

1、いかに最速でプロとして通用する技術を修得するか

 

2、安心して、気楽に開業するための準備方法

 

3、開業資金がない、資格取得費用がない、時間がかけられないを解決する方法

 

次の段階として、技術の幅を広げるために「気流診」を取り入れた整体技法の構築を目指すことにしました。

 

気流診とは古代望診法のことです。

 

これは古式整体の「見の技法」にも通じるもので、整体・整復の達人技とされているものになります。

 

いままでの私の整体技法は施術者の手の感覚から伝わってくる筋緊張、骨格の歪みを矯正することが目的でした。

 

もう一段階踏み込んで、上の境地を目指そうとしているのです。

 

「見の技法」は、見ただけで歪みと矯正ポイントを判断するという技法です。

 

触診と何が違うのかと言いますと、触診ではあくまで人体を構造物として捉えた診断法となりますが、見の技法においては人体をエネルギー体として捉えるということです。

 

そこで見るのは構造上の歪みではなく、生命としての自然の理から逸脱したものを見る、ということになります。

 

ですから、触診など通常の診察では感知できなかった隠された原因などが浮き出てくる可能性もあります。

 

もちろん、いままでの構造的な問題の解決方法としても有効で、矯正ポイントを絞り込むことや、歪みの元凶を発見することにも役立てることができます。

 

ただ、人を生命そのものとして見る場合、どうしても触診など、構造的不具合の診察だけでは足りないものがでてくるのです。

 

私は今後の整体技法には「見の技法」が必須となると考えています。

 

その修得とそれを元にした整体技法体系の構築にとりかかろうと思います。

 

和伝整体が受け継ぐ「見の技法」

「見の技法」とはさまざまな古流整体の流派にかつては存在していたであろう診断技法のひとつです。

 

回復整体では「姿見検査」として形だけは残されていますが、その技法の真実は隠されたままです。

 

本来の「見の技法」は、見て自分の感知能力で患者の施術ポイントを見抜く技術です。

それは単に中心線からのズレとか見た目の歪み(猫背など)をみる視診とは違うものです。

 

例えば下記図のように感知されます。

 

 

ただ、漠然と見ていても分かりません。

 

修得方法は、なにか1つ注意深く観察する練習を積むことです。

 

私が最も参考にしている書籍の一つ、「原初生命体としての人間」(野口三千三著)には、

「運動能力が高いということは、その動きに必要な差異を自分の体の中に自由に作り出せることである」

と書かれています。

 

原初生命体としての人間 野口三千三著

自由に差異を作り出せるとは、その前に「差異」を感じ取る能力が養われなくてはならないと思っています。

 

ですから、通常では気付かない差異を感じ取る練習をしましょうということになるのです。

 

有川先生がレントゲン像を細かく観察し、模写したように。

 

桜井章一会長(雀鬼会)が日常に何気ないことに注意を払う練習を勧めているように。

 

もちろんそれだけではないでしょうが、日ごろからなにかしら微小な差異を感じ取る練習をしていると、それが望診(もしくは見の技法)修得のための基礎訓練になったりします。

 

上記書籍は私がトップクラスで参考にしている書籍で、読み返すたびに示唆があり、新しい学びがあり、誰にもお勧めしている参考書籍です。

 

ぜひご一読ください。

 

その気感をもちいた望診、望診による気滞をみつけそれを解消することを目的とした整体が「潜象整体」です。

 

潜象整体とは

潜象整体の「潜象」とはなにか?

 

これは現象界に対しての潜象界のことです。

 

潜象界とは物質構造としての世界とは反対の自然の理の世界のことです。

 

ですから、実質的な世界が構築されているわけではありませんし、見ることも触ることもできません。

 

ただ、自然の理ですから、現象界と同時にいま我々の周りに存在している世界です。

 

その自然の理を極める整体技法が「潜象整体」です。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

技術主任講師 吉田宜正(石川県 柔道整復師)

講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

会計担当 山田

勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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