コロナに対する鍼灸施術について

目安時間4分

ひさしぶりのメルマガ配信となります。

 

コロナ騒ぎが盛んに報道されていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 

今回のメルマガは非常に迷ったのですが、なにかしらお役に立てないかという思いで配信させていただきます。

 

ネットなどでみかけるコロナ感染者さんの画像を望診しえてみますと気管から気管支に入り込むあたりに気滞を感じます。

まあ肺炎をおこしているのですから当たり前と言えば当たりまえなんですが・・。

 

しかし、そこから施術ポイントを取ろうとすると、通常の肺炎なら肺経や脾経に反応が出ることが多いのですが、なぜか腎経にしか取れません。

 

さらにプラス点はとれますが、マイナス点は不明です。

 

具体的に言いますと、最も反応の多い経穴は、腎経の足首にある「太谿」あたりです。

 

もしコロナ対策で免疫を上げておこうとするなら、そこにお灸をすえておくと良いかと思いました。

 

もちろん、それで大丈夫などとは言えません。

そもそも鍼灸治療でウイルス除去ができるわけでもありません。

 

しかし、現時点では自身がもっている免疫力に頼らざるを得ない状況ですから、副作用のない鍼灸治療を加えていただくのは、まったくの無駄にはならないかと思っています。

 

コロナウイルスの鎮静化までには最低でも1~2年はかかるという予測がでています。

 

日本はロックダウンという選択をしていませんから、「集団免疫」を可能な限りゆっくりとした速度でという方向性なのかと思っています。

 

コロナの感染力から試算すると、人口の約6割が感染し免疫を獲得すれば鎮静化するという専門家の解説を聞きましたが、イギリスはそれで失敗して慌てて方向転換をしましたよね。感染拡大の速度と重症化率が予測より高かったからでしょうか。

 

日本ではその感染拡大速度を最大限遅くして、その間にワクチン開発が間に合えばという考えではないかと、勝手に思っています。

自粛も半年も1年も継続できませんし、するといずれ自分も感染する可能性は極めて高いという前提を考えておかなければなりません。

 

なら、食事から生活習慣まで見直して、免疫力を上げる最低限のことはしておくべきかと思っています。ウイルスは粘膜であれば、どこからでも侵入してきますから、マスクの防御力は過度に期待すべきではありません。ただし、ウイルス拡散の防止効果は優れていると思いますから、他人に感染させないためにもマスクはエチケットとしてすべきでしょう。

 

自衛策としては、やはり他人との接触を可能な限り避ける方法が良いのでしょうが、物との接触も注意すべきです。

 

これもニュースで繰り返されている情報ですが、コロナウイルスは付着した物にもよりますが24~36時間は生きているそうです。

すると、ウイルスの付着した物に触った手を目や口にもっていくのが危険ということになります。

 

ですから、手洗いの徹底は感染防止には非常に効果的なのだと思います。

 

 

さて、感染被害の深刻なアメリカの米国議会では中国を名指しで批判し、賠償要求まで求める声があがっているそうですが、いまは誰が悪いとか言っている状況ではありません。

 

まずは目の前のことに対処して、なんとか乗り切りましょう。

 

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東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

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古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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