望診法講座31 「癌の気滞と望診」

目安時間4分

まずご質問への回答です。

 

「癌は気滞ではどのように見えますか?」という質問ですが、

 

有川先生は、「癌は特殊な病気」とされています。

 

まず通常の望診では気滞(=異常)がわかりません。

 

ある方法によってのみ、頭頂部に陰の気滞が感知されます。

 

※この方法は正規受講者の方に講座の中で解説します。応用編にあたります。

 

基本的な望診ができていることが条件ですが、

感知能力もそれなりに高いレベルに達していないとだめだからです。

 

さて、有川先生は通常の望診で感知できないことから、

癌は老化現象の一形態ではないかとも言われていました。

 

老化は自然現象であって異常ではないので、気滞がでないという理由です。

 

ただ、これは仮定であって、有川先生も検証、研究の途中でした。

(いまはお弟子さんたちがその研究を引き継いでおられます)

 

今後の研究会の課題であります。

 

均衡と不均衡を繰り返す気の世界

気滞感知の練習をしていて感じたことをお話しします。

 

気滞がある=病的状態のときは気滞解消のために経絡、経穴が活性化します。

 

では逆に気滞が無いときは?

 

これが不思議な事に気滞が発生する方向にいくんですよね。

 

なぜでしょうか。

 

病的状態と健康状態を微妙なバランスで、シーソーのように繰り返しているのが生命現象ともいえます。

 

恒常性維持機能しかり、極端なことをいえば癌も生成と消滅を繰り返しているみたいですよね。

 

だから、上手に風邪をひき、上手に治癒する方向にのせなければならない、とは野口晴哉氏の言葉だったでしょうか。

 

それにしても気を観察していると古典の正しさが分かりますよね。

 

※逆に間違いも分かってきますが・・・。

 

ところで「あるがままを見るのは難しいですよね」というコメントをいただきました。

 

その通りです。でもそれができれば達人なんですよ。

 

だから簡単にできなくてあたりまえなんです。

 

意拳(中国拳法の一流派)を習っていた時に最後まで注意されたのが、

自然に動け、力を入れるな、あるがままの動きをせよ、でした。

 

型を意識せず、呼吸を意識せず、あるがままの自然な動きをするということは、

最後まできませんでしたが、それができれば達人だといわれました。

 

無為自然、めざすところはそこでしょうか。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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