望診のコツは胸の感覚、「気の流れは胸の感覚でみる」に対して、「なんのことやらまったく意味がわかりません」といったコメントをいただきました(笑)
まあ、そうだと思います。
私も最初はまったくわかりませんでした。
もう少し具体的に言いますと、たとえば実際に触れて指でなぞる(触覚)、これは分かりますよね。
その感覚が鋭敏になってくると、指を離した状態でも分かる、レベルに達します。これが気の感知能力の第一段階です。
さらに、その対象物(患者)から離れた状態で、指でなぞる感覚を胸でできるようになるのが望診の感覚です。
だから、もっとも鋭敏な指の感覚を最初に練習するのが良いのです(指頭感覚)。
では最後まで指でいいんじゃないのってことになりますが、
望診から先の技術を得ようとすると、指の感覚だけではできなくなってくるんです。
どうしても胸の感覚が必要になってきます。
それは指で得られる気の情報のその先をみようとすると、
必然的に開発されてくる能力なのかもしれません。
昨日の続きになりますが、もしかすると、望診のそのまたずっと先の奥深いところを見ようとすると、
胸の感覚ではなく、眉間とかになってくるのかもしれません。
でもいまはまだ仮定の段階ですから、そこまではわかりませんし、
現状、人の経絡の異常を感知する望診においては胸の感覚だけでできます。
望診の初期の練習はこんな感じでした
私が望診の練習を始めた頃は、参考資料になるものがまったくありませんでした。
経絡治療系の学会にも参加しましたが、気の流れや経絡を実感をもって把握しておられる先生はおらず、非常に残念に思ったこともあります。
その経絡の大先生いわく、「経絡はあると信じて治療にあたるほかはない」とのことでしたが、信じなきゃいけないということは、あるかないか、実感がないということと同じです。
宗教じゃあるまいし、「信じろ」とは・・・。
その後、まったく違う分野(と当時は思っていました)の先生から教示を受けたのです。
江戸期より伝わる古式整体を伝承する先生です。
その先生は「気が通らないと整復もうまくいかない」と言い切る先生でした。
その古式整体に伝わる技法が「見(けん)の技術」です。
後に経絡を望診するという有川先生に出会いましたが、その先生は望診の練習方法までは教えていませんでした。
経絡を見る望診とは少し違うのですが、先の見の技術は練習方法を残していましたので、非常に参考になりました。
見の技法とは
古伝整体術には「見」の技術というものがあります。
見て、診断する、という技術です。
気流診、古伝望診法に通じるものがあります。
当講座でも時々紹介させていただいている会津古伝整体にも見の技術が伝わっており、見て、その体の歪みのポイントを感知するという技術です。
ですが、それも古伝望診法と同様に、ほとんどの流派では、その修得過程は記録されていないんですね。
では、どうやって修得したのか?
これも想像するしかないのですが、おそらく見取り稽古です。
ただ、師匠の施術を見ていなさい、という見取り稽古で修得されたようです。
ですが、その方法では弟子全員が修得するのは難しいと思われます。
なので、当講座ではなるべく具体的な修得(練習)方法を提示し、みなさん全員が望診の技術を修得できるようにしていきたいと思います。
幸い、会津古伝整体には、その見の技術の練習方法が残されています。
他者施術の観察も練習のひとつ
気流診(望診)ができるようになると、他者の施術の予後を予見できるんです。
具体例を挙げますと、かつて有川先生が明治国際医療大学で治療のデモンストレーション会場で他の整体の先生の施術を見学していたとき、施術終了後、突然「いまので痛みはとれていない(気滞が残っている)、途中までは良かった、なぜ最後のその手技を施したのか?」と発言され、被験者に向かって、「まだ痛いでしょう?」と言いました。
会場騒然、その場はまあまあで終わりましたが、有川先生からすれば、純粋に疑問に思われたんでしょうね。
語り草になっている一場面です。
それと同じように、その施術がうまくいったかどうか、
またその施術(先生)が本物かどうかも分かっちゃいます。
また、古典は玉石混合ですが、その古典も本物かどうかの見分けがつくようになってきます。
それも応用法と言えば、応用法でしょうか。
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