望診勉強会について4

目安時間4分

筋診断法と脈診について(追記)

 

さて、望診修得までの代替技術として脈診を利用するという練習ですが、施術がうまくいったかどうかの予後判定、もしくは施術点が正しいかどうかの判断にテスターとして使用する方法となります。

 

ただ、脈をみるのは苦手という方は、もう一つの筋診断法を取り入れてみると良いかと思います。

 

筋診断法はその名のとおり、経絡に反応する特定の筋肉の緊張を見て判断する技術です。

私はかつて筋診断法を施術の主力においていた時期がありました。

 

創始者である河野忠男先生の著書をいまでも読み返すことがあります。

 

とくに、術者の意思(念)は経穴の反応に影響するという一言は、私にとっても大きな示唆となっています。

 

脈診と筋診断法、どちらを利用されても良いと思いますが、じつは望診結果と脈診での診断結果の一致率は私の中では2割ありませんでした。

 

これはどういうことかと言いますと、やはり脈診で導き出される定点施術は出現率の多いパターンの代表であり、それ以外のパターンが8割を占めているということだと考えています。

 

ですから、脈診で証がたったとしてもそれで施術ポイントも確定できると思わず、あくまで治療家の手による施術点の判定を練習し、優先して欲しいと思います。

 

それで「ていしん」「磁石」などのテスターを使って効果判定の時に脈がさらに良い方向に変化しているかどうかを見ていただきたいと思うのです。

 

気を感知することの意義

 

「気が感知できることで、なにができるのですか?」

 

「脈診との違いはなんですか?」

 

「結局、筋骨格を扱う整体師には関係ないですよね?」

 

つまり、気が見えるからなんなの?ということですよね。

 

 

気の世界は潜象界といって、現象世界とは表裏一体の別世界です。

現象界は目で見えている世界。

気の世界は潜んで見えない世界。

 

そのもう一つの気の世界が感知できると、世界観が一変します。

とくに経絡治療をされている方は、生きた経絡がそのまま見えるわけですから、治療が激変します。

 

整体治療をされているかたにとっても気の世界はその治療方法を根底からくつがえすほどの衝撃を与えるかもしれません。

 

気の感知技術、古伝の望診法とは、そういった技術なのです。

 

気が感知できたその先に待っているものは、じつは貴方にだけしかわかりません。

あなたが、それをどう応用して、どのような世界観を築いていくかはあなた次第です。

 

ただ、望診で感知される気の世界は潜象界であるということ。

そして、その潜象界は現象界に先んじて動く、気の世界であるということ。

 

つまり、いま目に見えている世界と切っても切り離せない世界であると考えています。

ですから、その世界を知るということは現象界を深く知ることにもつながるのではないでしょうか。

 

もう一つの世界、潜象界を知ることは人が生きる上でも大切なことを学ぶ場のような気がしてなりません。

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

技術主任講師 吉田宜正(石川県 柔道整復師)

講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

会計担当 山田

勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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