望診講座89 「経絡の調整ということ」

目安時間8分

邪気をうけるということについて

(質問)

経絡治療では気を取られ過ぎると疲労していまいます。

 

脈診の段階でも同じような事になります。

 

望診も患者に気を取られてしまうのではないでしょうか。

 

それを防ぐ手段はありますか。

 

(回答)

私は気は取られるのではなく、相手の気の波長にシンクロしてしまうのが疲労の原因だと考えています。

 

患者に気を取られる、邪気をもらう、とよく言われていますが、望診において「疲労」するということはありません。

 

これは望診練習のチェックポイントでもあるのですが、望診は基本的に「楽」です。

 

もし「疲労感」や「辛さ」を感じるのであれば、その望診はやり方が間違っています。

 

望診は気持ちも体も楽な状態でしなければ、うまくいきません。

 

よく、施術していて邪気をもらうとか、悪い気を受けてしまうというひと、自分の気を持っていかれるという人、いろいろおられます。

 

しかし、邪気をもらうことも、気をとられてしまうことも基本的にはありません。

 

だって気は物質ではないのですから。

 

ただ、相手の気の情報系にのってしまうという状態だと思われます。

 

そこは、相手は相手、自分は自分として、常に一線は引いておく必要があります。

経絡治療

 

経絡を調整するためにはまず、その人の経絡の状態を把握しなければなりません。

 

そのための方法としての望診なのですが、脈診ではダメなのですか?というご質問がありました。

 

というわけで、今回は、脈診についてです。

 

経絡治療において脈診は重要です。気の変化が少しずつ物質化していき最初に現象としてでてくるのが脈、そして皮膚、筋肉、骨と変化していきます。

 

ですから脈の変化から気の変化を予測するのが、もっとも気に近い位置からの観察になりますが、

 

ただし脈は気そのものではありません(重要!)

 

ですから気と経絡の変動をダイレクトに感覚として捉える技術が必要です。

 

脈を診る場合、初心者は強い弱い、速い遅い、を診ますがそれは脈を数値化して観ることにつながります。つまりそれは西洋医学(現代科学)です。

 

そうではなくて脈の象(かたち)をみなくてはなりません。形ではなく象です。

 

脈の強弱で判断すると、どんな脈でもなんらかの証がたちますが、象(かたち)で判断すると経絡の変動が感じられず、証がたたない場合があります。

 

すると一見変動がありそうな脈でもその人にとっては平脈である場合が意外と多いのです。

 

つまり脈差診で肝虚や脾虚に観えても経絡の変動を伴っていなければ平脈とするわけです。

 

平脈とは左右なんら差のない平らな脈のことを言うのではなく、その人固有の脈の象(かたち)が正常なかたちで現れていることです。そのかたちは指紋や顔かたちが違うように人それぞれ違います。

 

ですから平脈は人によって違うということです。それを考慮して判断しなければなりません。

 

そのための判断基準を私は古伝望診法によって判別される「気滞」があるかどうかにおいています。

 

※四診合算についてですが、多くの方はこれを多数決のように勘違いしておられるかたがいます。四診合算は多数決で証を決める方法ではありません。

 

四診すべてが一致していないと証決定できない、というのが四診合算です。

ですから間違いないと思えば、望診だけで証決定する場合もあります(最近はほぼ望診のみです)。

 

最初は練習もかねて両方みるようにしたらよいと思います。

 

もしこのとき望診と脈診の結果が一致していなければ、入念に診察をやり直します。

 

経絡の変動があり(つまり経絡治療の適応である)、望診や脈診で証決定をした次は適応側および使用穴の選択です。

 

それは切経で選択します。適応側の男女差、健側患側は判断基準としては、まったくあてにならなりません。

 

経穴の判断基準は唯一、その経穴が反応点となっているかどうか、それだけです。

 

使用経穴が決定されたら鍼を当てるのですが、鍼を当てると変動経絡をたどって気が走ります。走った先は出口となりますが、この気の入る口の経穴と出口の経穴は本治、標治または陰と陽のように対の関係になって存在します。

 

ここで気の出口を塞ぐような操作(透熱灸など)をすると気が通らずに治癒反応が妨げられることになりますから注意が必要です。

 

つまり気が走った先は禁灸点となるのです。

 

逆に気の入る口の経穴は、気(刺激)を必要としていますから少々乱暴な操作をしても(例えば強刺激や透熱灸)許容してしまいます。

 

そして要穴と言われているツボはほとんどが気の入る経穴にあたっている確率が高いものです。要穴に鍼をすれば下手な鍼でも、ある程度効いてしまうのはこのためです。

 

ただし陽病と陰病では気の入る口と出口が逆転して現れることがあり、その場合は要穴でも気の出口にあたっている場合があります。

 

そんな状態の時に要穴に手荒な操作をしてしまうと強烈な誤治反応を起こすことがありますから注意して鑑別しなければなりません。

 

さて、気の滞りが存在して変動経絡があれば経絡治療の適応であり、必ず良い結果をだせます。ですから変動経絡のあるなしを確実に判別しなければなりません。

 

科学的な観察方法は主体と客体を分けて、その対象を比較検討し差を求める方法ですが、東洋医学の観察方法は主体と客体を分けない方法をとります。

 

つまり経絡の変動の観察は差を求めてはいけないのです。姿勢の傾きや関節の可動域や角度、皮膚の色、脈の強弱、速度、皮膚のざらつき、硬軟等は、これらすべて差を求める方法ですから、必要最小限に止め、東洋医学的な経絡変動の観察とのバランスを考慮する必要があるかと考えます。

 

もちろん、その両者のどちらに偏っても良くないと思います。

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東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

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古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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