ただ、ゆらすだけという整体に効果はあるのか?

目安時間6分

最初はカイロプラクティックを学びました

私が整体の技法に興味を持ったのは、仙台市のとある整体院でカイロプラクティックの施術を見て、体験したことからはじまります。

 

背骨をポキポキ、なんという気持ちよさ、背中が軽くなったような気がしました。

 

その先生はアメリカまで修行に行かれて、カイロとオステオパシーの技術を学んでこられたそうです。

 

私もそんな技術を学びたくなり、その先生に入門しました。

 

スタッフは雇わないということでしたので、勉強会に通わせていただいたのです。

 

背骨が真っすぐになれば本当に痛みは改善するのかという疑問

カイロの技術を学び体験するうちにある疑問が起きてきました。

 

 

一般の整体では背骨(骨格)の歪みをとって真っ直ぐにすれば、あらゆる症状が改善されると教えています。

 

さて、本当にそうなのでしょうか?

 

最初の疑問はそんな感じでわきおこりました・・・

 

自分の技が未熟なだけだろうと、技術を学ぶことに専念した時期もありました。

しかし・・・骨格を矯正しても治らない、逆に悪化する場合もある、逆に歪んでいても平気な人もいる、いろいろな疑問がわきおこります。

 

そもそも歪みって異常なことなのか?

 

なら、全身を人工関節にしたら、関節の痛みは起きないのか?

 

寸分の狂いもない骨格なら痛みはでないのか?

 

そう考えつつも、いや違うだろうと直感的に思いました。

 

次から次と疑問がわきおこります。なにかが足りない・・・

 

そこで先生に進められたのは「ゆらゆら系」の整体技法でした。

 

まずこの技法を学びなさいと。

 

日本の古式整体の中にははゆらゆらと揺すりながら筋肉の緊張をとり骨格を整える、完全無痛の緩やかな経絡整体技法があります。

 

その歴史は日本の柔術とともに発展してきた古式の整体技法を基礎としています。

 

整体の技法は二大体系に分類されます。

 

その一つはテクニック系、もっとも主流な技法体系です。

 

で、ゆらゆら整体は

 

自然効能系と呼ばれ、非常にゆるやかで、おだやかな整体技法です。

 

結論から言うと目的は両者とも同じなのですが、使いどころは少し違うみたいです。

 

 

さて、「ゆらし整体」の効果は?

こんなゆらすだけの整体に効果はあるのかと思っていましたが、以外なことにその効果は「ある症状」には非常に高いのです。

 

逆に単純な筋肉のコリにはいまいちでしたが。

 

でもこれは、不完全という意味ではなく、そもそもどんな整体技法であっても適応、不適応はあって当たり前なんです。

 

ですから、ゆらし整体の適応症状、得意分野をちゃんと理解して使えば、即効性もあるし、とても高い治癒率を誇ります。

 

とくに、ほんのわずかの刺激でも反応してしまうような重症患者さんは得意分野です。

触れただけで、緊張がはいるような痙性麻痺の患者さんとか、得意です。

 

それは、筋肉の反応を脳反射の一部と捉えて、脳をリラックスさせる手技体系を持っているから。

 

心から緩やかになれる整体を求めるなら、ゆらし整体(和伝整体・柔法)を一度試してはいかがでしょうか。

 

きっと、期待を裏切りませんから。

 

ですが・・・ただ型どおりゆらしていてもダメなんです

ゆらしているだけなら簡単だ、すぐできそう!

 

たしかに、ゆらしているだけなので初級者でもすぐできますし、事故もほぼゼロ、効果もだせます。

 

ですが、それで終わりではありません。それだけなら底の浅い技術体系としか言えません。

 

その最終型は相手の力を抜くことによって、患者の不自然な体の使い方を矯正していくことなのです。

それにはやはり習熟した技術が必要になってきます。

 

ただし、見た目には変わりせん、ただゆらしているだけです。

 

違うのは微妙な力の方向性、力加減、患者への静圧のかけ方など、見た目にはほとんど分からないテクニックです。

そこまで修得するには時間がかかりますが、型通りの施術でも効果はでますから、まずは実践しながらゆっくりと技術レベルを上げていくには優れた整体技術だと思います。

 

 無痛整体の施術風景

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古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

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潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

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