個人治療院の経営戦略27 「これからの個人治療院はこうすべき」

目安時間4分

個人治療院、これからの経営戦略

 

ここでは治療院集客のまったく新しい視点からの戦略を提案させていただきます。

 

それは、いままであったような辛い、量で押すような戦略ではなく、「楽しく」を前提にします。

 

さて、ネットで検索すると治療院集客における戦略はいまも変わっていないことがわかります。

 

どの経営コンサルタントの集客戦略をみても、とにかく量で押す。

 

ネット広告に金をかける、サイトのコンテンツを増やす、チラシをまく、院内紙を発行する・・・ひたすら作業量を増やし、ライバルが10でくるなら、こちらは11、向こうが11ならこっちは12と際限なく作業量が増えていき、また宣伝費も増えていくことになります。

 

まあ、集客コンサルのかたは大喜びでしょうけれども。

 

ただ、どの集客方法をみても似たり寄ったりで、一言でいえば、古臭く、つまらない。

 

なにより、院長である、あなたの気が休まらないのではないでしょうか。

 

今後の治療院経営においてのキーワードは2つ。人口減少と高齢化。これが絶対のキーワードになることは誰の目にも明らかだと思います。

 

そこで必要になってくるのはマーケティングです。

 

マーケティングってなにってことなんですが、これは消費者、治療院においては患者さまとなる対象がニーズとウォンツを満たすためのプロセスのこと。

 

ニーズは必要なものが欠乏している状態。つまり不健康な状態を速やかに元の状態に回復させたいという欲求です。

 

ウォンツは特定のものが欲しいという欲求。治療院でいえば今一応健康なんだけど、さらなる体力向上や柔軟性の向上、QOLの向上などがそれにあたるでしょうか。

 

さて、昔むかしはマーケティングなんて治療院では関係ないというような風潮だったかと思います。

 

とにかく人が集まる場所で開業すれば患者が集まる時代であったからでしょう。

 

ですが、現代においては看板さえだせば集客できるなんてことはありません。

 

そこで先ほどのキーワードの1つ、人口減少が重要となります。

 

つまり、どうがんばって宣伝しても、パイの数は限られており、その少ないパイを取り合っているのがいまの治療院業界です。

 

まずは、この簡単な実情を正しく理解してください。

 

ということは、どれだけ宣伝費を増やしても、ライバルは増え続け、さらに量と質をアップさせた宣伝集客が必要になってくるということです。

 

それこそ賽(さい)の河原ではありませんか?

 

なので、らくっと整体スクールでは「気楽な経営」「ライバル不在」をキーワードに辛い経営から脱却する方法を提案させていただきます。

 

そのために重要になるのがマーケティングなんですが、そもそもマーケティングはいつ、どこで生まれたのか?

 

それを次回、解説させていただきますね。

 

では、次回「あんまり難しいことはいいません編」に続きます。

 

 勉強会風景

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当ブログの「望診」について

東洋医学というと、陰陽五行論をはじめ、気とか自然とか、観念論ばかりが目立ちます。

当会での望診で気を診る技術は再現性を重視、既存の東洋医学の理論とは一線を画すものとなっております。

イメージを排除し、あくまで出来るか否か、気とは、経絡とはなにか、その正体を追求します。

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東洋医療技術研究会 代表者名

現代表 勝木れい子(石川県金沢市 鍼灸師)

技術主任講師 吉田宜正(石川県 柔道整復師)

講師 岡田 (大阪府 整体師)

講師 水根 (兵庫県 鍼灸師)

講師 西域 (奈良県 鍼灸師)

 

相談役 古川正明先生(福岡)

記事執筆・メルマガ担当 前沢

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勉強会風景
古代の望診法とは

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

四診合算という言葉があります。

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

潜象界について

潜象界とは、現象界の対義語(造語)ですが、現象界は人がその五感で感じ取れる実体の世界のことです。それに対して、現象界とまったく同時に同じ空間に存在しながらも、五感では感じ取ることのできない世界を潜象界と言います。

潜象界はいわゆる「気の世界」であるとも言われています。

その潜象界からの情報は現象界で起こっている事象に先駆けて動き、その潜象界の動きが具現化されて、現象界で実体としての動きに繋がっているとされています。ただ、いまのところすべてが仮説であり、それを数値化、もしくは映像化して確認する方法がありません。

唯一、確認する方法があるとしたら、それは人本来がもっている原初感覚を呼び覚ますこと。

この原初感覚は気を実感として感知することが可能で、その原初感覚をもってすれば、潜象界での気の動きを捉えることができるからです。

その原初感覚を使った望診法が当ブログでいう「古伝の望診」なのです。

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